「議事録は後回しでいい」「覚えているから大丈夫」
そう思っていた時期がありました。
しかし実際には、議事録を作らなかったこと、あるいは雑に作ったことが原因で、仕事がやりにくくなった経験が何度もあります。
この記事では、感情論ではなく、実務の中で起きた事実ベースの気づきを整理します。
議事録を作らなかったことで起きたこと
議事録を作らなかった会議のあと、次のようなことが起きました。
- 誰が何を決めたのか分からなくなる
- 認識のズレが後から発覚する
- 「それは決まっていない」「そういう話だった?」というやり取りが増える
その場では問題なく進んだように見えても、後日になって説明や確認に時間を取られることが増えました。
結果的に、
「会議は終わったのに仕事が進まない」
という状態になっていたのです。
わかりにくい議事録が招いたトラブル
一方で、「一応議事録は作った」というケースでも問題は起きました。
- 情報が時系列に整理されていない
- 決定事項と検討中の話が混ざっている
- 誰が何をするのかが曖昧
こうした議事録は、読まれる前提になっていないため、
結局「もう一度説明する」必要が出てきます。
議事録があるのに、
「それ、どういう意味?」
と聞かれる状況は、想像以上に評価を下げます。
なぜ議事録は「仕事ができる人」の指標になるのか
後になって気づいたのは、
議事録は文章力ではなく、思考整理力を見られているという点でした。
- 重要なポイントを抜き出せているか
- 読む人の立場で書かれているか
- 後から見返して行動につながるか
議事録が分かりやすい人は、
「話を整理して聞ける人」
「全体を俯瞰できる人」
として認識されやすくなります。
つまり議事録は、成果物であり、仕事の姿勢そのものでもあります。
完璧な議事録は不要だと気づいた
最初は「きれいに書こう」「全部残そう」としていました。
しかし、それは続きません。
実際に必要だったのは、
- 決定事項
- 次にやること
- 誰が担当するか
この3点が明確であることでした。
細かい雑談や途中経過よりも、
使われる情報だけが残っている議事録のほうが評価されます。
議事録で一番大切なのは「正確さ」より「使われること」
議事録は、正確さを追い求めすぎると負担になります。
しかし、雑すぎると意味がありません。
重要なのは、
「あとから見て、仕事が前に進むかどうか」。
この視点を持つようになってから、
議事録に対する考え方が大きく変わりました。
結果として、
- 確認のやり取りが減る
- 説明に使う時間が減る
- 自分の仕事も整理される
という変化が起きています。
まとめ
議事録は、単なる記録ではありません。
仕事の質や信頼に直結する、重要なアウトプットです。
完璧である必要はありませんが、
「使われる議事録」を意識するだけで、
仕事の進めやすさは大きく変わります。
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